元西ドイツ派遣炭鉱マン 

昭和30年代当時最先端の技術を誇っていた旧西ドイツの炭鉱…
その採炭技術を学ぶために、日本から延べ400超の炭鉱マンがドイツに派遣されました。

先日、第二次派遣隊で海を渡った方に会いに行ってきました
現在岩見沢市栗沢町にお住まいの嶋貫年男さん(78歳)です。
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昭和33年に、住友奔別炭鉱から派遣され、3年間現地に滞在されました。
当時日本以外の国からも沢山の炭鉱マンが派遣されていたそうですが、日本人の真面目で勤勉な働きぶりと第二次大戦での日独の関係から、歓待されたのだそうです。
仕事自体はとてもハードワークだったということですが、楽しい思い出もたくさん作ってこられました。
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↑当時を懐かしそうに振りかえる嶋貫さん

嶋貫さんは当時一般の日本人はほとんど持っていなかった8ミリをドイツで購入され、現地の暮らしや街の様子を映像に収めておられました。
まさにお宝ともいえるテープ、うちの理事長もドイツの写真は見たことあるけれど映像は初めて。
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↑最新機械の展示会の様子

そしてさらなる驚きは、嶋貫さんがドイツでHAUERという炭鉱の国家資格を取得されていたこと
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この資格、ドイツ人でさえ取るのが難しいのだそう。おそらく日本人で持っている人はほとんどいないとのこと。
本来ならガラスケースに入れて展示したいほど貴重なもの、ご家族は「お父さん、これあげちゃってもいいよね~」などとおっしゃる。いえいえいただくわけにはいきません、少しの間お借りいたします

幌内出身のうちの理事長と、ヤマは違えど同じ三笠の炭鉱町、当時の思い出に話がはずみます。
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ざっとドイツの映像を拝見した後…、
理事長がおもむろにマックを取り出して、プチ上映会が始まりました。
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住友奔別といえば…、
『立坑』と『愛と希望の炭鉱』
前者が奔別の立坑建設の記録映像、後者が炭鉱の暮らしをホームドラマ風に撮った作品。
「愛と希望の炭鉱」に、なんと嶋貫さんの奥様の同僚看護師「やっちゃん」が出演してました~
一同びっくり
炭鉱病院一の美人だったそうですよ
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↑「あらーやっちゃんだ、やっちゃん!」と身を乗り出して見入る奥様。
一つ一ついろんな事実が明らかになっていきますね。

今回の資料や映像はみなさまにも見ていただくよう機会を設ける予定です。
こうご期待

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